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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)59号 判決 1949年3月08日

控訴人

河口俊三

被控訴人

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴の趣旨

原判決を取り消す。別紙目録記載の不動産に対する被控訴人の所有権取得の無効なることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において控訴人は昭和二十一年法律第四十三号自作農創設特別措置法第六條第三項の規定が憲法に違反する無効のものであり、從つて同法同條項により定められた対價を以つて爲された別紙目録記載の農地の買收処分も亦憲法に違反し無効であると主張するもので、自作農創設特別措置法全部が憲法に違反する無効のものであると主張するのではないと述べた外は原判決事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

理由

別紙目録記載の不動産が、元控訴人の所有に属する農地であつたところ、被控訴人國が自作農創設特別措置法に基きこれを買收することとなり、所定の手続を経た上昭和二十三年五月四日靜岡縣知事が控訴人に対し買收の時期を昭和二十二年十二月二日とし、右不動産についての買收令書を交付したことは、当事者間に爭がない。

よつて、控訴人主張の如く、自作農創設特別措置法第六條第三項の規定が憲法に違反する無効のものであり、從つて同條項により定められた対價を以つて爲された本件買收処分も亦、憲法に違反し無効であるか否かにつき、審究するに、自作農特別措置法に基く農地の買收は、憲法第二十九條第三項に所謂「私有財産を公共のために用いる」場合に該当し、その買收は同條項に所謂「正当な補償の下に」爲されなければならないことは、控訴人所論の如くである。而して、その「正当な補償」とは買收の対象たる財産権の客観的な経済價値の補填を意味し、從つてその財産権の自由なる取引價格の存する場合には、これによりその補償額が算定せらるべきものと解する。然るに、農地の取引價格については原則として農地調整法第六條の二に農地の價格は当該農地の土地台帳法による賃貸價格に主務大臣の定める率を乗じて得た額を超えてこれを契約し、支拂い、又は受領することを得ない旨規定せられ、昭和二十一年一月二十六日農林省告示第十四号により右の借率が現況田については四十、現況畑については四十八と定められて居るのであるから、現在その價格は統制されて居る訳であり、自由なる取引價格なるものは農地については存在しない。抑々かような價格の統制は價格の面より財産権、それ自体の内容を公共の福祉に適合するように定めたものであるから、その財産権の経済價値はその統制された價格の範囲内において定まり、その統制價格を超えたものによるその財産権の経済價値なるものは認むるを得ない。從つてその財産権の買收に対する「正当な補償」の額はその統制された價格の範囲内なる取引價格により算定せらるべきを相当と解する。よつて前示のように價格を統制された農地の買收については、その統制價格の範囲内なる取引價格によりこれが補償の額が算定せらるべきである。控訴人は所謂法定價額が経済的利益の價額に達しない限りその法定價額を以つてする補償は正当なものとはいえないというも、その理由のないことは前示説明により明である。

然しながら、價格を統制された財産権の買收に対する補償の額はその統制價格の範囲内なる取引價格により算定すべしというは、もとよりその統制價格が憲法第二十九條第二項に所謂「公共の福祉に適合するように」定められたことを前提とし、然らざる限りその補償は同條第三項に所謂「正当な補償の下に」爲されたものというを得ないのであるから、農地調整法第六條の二の規定による農地の統制價格が果して右の「公共の福祉に適合するように」定められたか否かにつき、檢討を要する。よつて進んでこの点につき案ずるに、第一、その價格統制の必要の有無について見るに、ポツダム宣言を受諾した我が國においては耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため、自作農を急速且つ廣汎に創設し、又土地の農業上の利用を增進し、以つて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を企図する、所謂農地改革を爲すことを至上の命令とせられる(自作農創設特別措置法第一條、農地調整法第一條参照)。而して、農地の價格を放任するときは右改革の遂行に著しい支障を來すこととなるから、これが統制の必要があるものと認められる。

第二、その統制價格決定の方法につき見るに、田について、自作農の反当純收益(反当生産米の價格から生産費を控除したもの)から利潤部分を控除した地代部分たる二十七円八十八銭を國債利廻りで還元した自作收益價格七百五十七円六十銭を中庸田反当の標準賃貸價格十九円一銭で除して得た三十九、八五を四十に引直し、又畑については昭和十八年三月勧業銀行調査にかかる田の賣買價格七百二十七円に対する畑の賣買價格四百二十九円の比率たる五十九パーセントを田の自作收益價格に乗じて得た四百四十六円九十八銭をその自作收益價格とした上、これを畑の中庸反当標準賃貸價格九円三十三銭で除して得た四十七、九を四十八に引直し、以つて田及び畑について夫々自作收益價格の現行賃貸價格に対する倍率を求めたのであるが、要するに自作收益價格を以つて統制價格の基準としたものであることは預著な事実である、抑々農地に対してはその処分の制限(農地調整法第四條)その使用目的変更の制限(同法第六條)その取上げの制限(同法第九條)等各種の制限があり、農地の利用價値は殆んどこれを耕作することのみにあるのであるから、その價格は自作收益を基準として定めるか又は地主の採算を基準として定めるか、二者孰れかによるの外ない訳であるが、自作農を急速且つ廣汎に創設せんとする見地に立脚するときは、自作收益價格を以つて統制價格の基準とすることを妥当とするからその統制價格が前示のようにこの基準によつて定められたことも相当といわなければならない。

第三、然しながら、その統制價格は昭和二十年産米穀の政府買入價格六十キログラム当り六十円余を以つて算出の基礎としたもの(この事実は当裁判所に顯著である)けれども、その後年度産米穀政府買入價格は著しく高額となり、昭和二十三年産のものは六十キログラム当り千五百十円と定められた事実、その他の農産物價格の引上、インフレーションの昂進に伴う一般物價の著しい昂騰の事実は孰れも公知のことであり生産費も亦增加したことはもとよりであるけれども、自作收益が增加したことも認められるのであるから、その統制價格は右の経済事情の変動に伴い改訂すべきを相当とすると、一應考えられるのであるが、かような改訂を爲すことはこれを自作農創設事業と関連して考えるときは、その改訂前既に農地を買收された者とその後において買收さるべき者との間にその支拂わるべき対價につき、著しい不公平な結果を來さしめることとなることと、急速に買收を完了せんとすること(自作農創設特別措置法施行令第二十一條参照)とを合せ考えるときは当初定められた統制價格を維持することも己むを得ないものと認めざるを得ない。從つて農地の所有者は右價格が維持せられることから生ずる犠牲があつてもこれを受認することも亦己むを得ないものといわざるを得ない。

以上の次第で、農地調整法第六條の二の規定による統制價格は憲法第二十九條第二項に所謂「公共の福祉に適合するように」定められたものという外なく、從つて農地の買收は右價格の範囲内なる取引價格により、その補償の額が算定せらるべきてある、而して、自作農創設特別措置法第六條第三項の規定による農地買收の対價は右と同額に定められて居るのであるから、同対價を以つてする農地の買收は憲法第二十九條第三項に所謂「正当な補償の下に」爲されるものである。然らば自作農創設特別措置法第六條第三項の規定は憲法に違反するものではなく、これが憲法に違反する無効のものであるという控訴人の主張は理由がない。從つて、又同條項により定められた対價を以つて爲された本件農地買收処分が憲法に違反し無効であるとの控訴人の主張も亦採用される限りではない。よつて本件農地買收処分の無効なることを前提とする控訴人の本訴請求は既にこの前提に於て理由がないのでこれを棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五條、第八十九條を適用し主文の通り判決する。

(議目録省略)

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